改正に料金は影響されるのか?
特許法等の一部を改正する法律が,平成20年4月11日に参議院で可決・成立した。今回の法改正の主な内容は,以下の(1)〜(5)に分けられる。
(1)拒絶査定不服審判の請求期間の見直し(特許法・意匠法・商標法)
(2)通常実施権等登録制度の見直し(特許法・実用新案法)
(3)優先権書類の電子的交換の対象国の拡大(特許法・実用新案法)
(4)特許・商標関係料金の引き下げ(特許法・商標法)
(5)料金納付の口座振替制度の導入(工業所有権に関する手続等の特例に関する法律)
本稿の段階では改正法の施行時期は未定であるが,(4)などに関しては平成20年6月1日施行を予定しているとのことである(平成20年4月17日特許庁HPより)。
以下では,上記(1)〜(5)のうち,実務上比較的重要度が高く,本誌読者の関心も高いと想像される(1),(2)の改正内容,および実務上の指針等に重点を置いて説明する。(3)〜(5)に関しては,主に手続面に関する改定であるため,ここでは簡単に紹介するにとどめる。
拒絶査定不服審判の請求期間の見直し(特許法・意匠法・商標法)
(1)法改正の内容
1 審判の請求期間が「30日」から「3月」に
特許法における拒絶査定不服審判の請求期間は,現行制度では「拒絶査定謄本送達の日から30日以内」であるが,今回の改正により,「拒絶査定謄本送達の日から3月以内」に延長された(改正特許法121条)。
現行の「30日以内」という期間は,拒絶査定の当否の判断や,費用対効果(審判請求費用・弁理士費用をかけてまで権利化を目指す必要性があるのか)の判断を適切に行うためには短か過ぎると指摘する声が多かった。また,諸外国における同様の不服申立制度と比べても請求期間が短いとの指摘もあった。
そこで,今回の改正では,上記の「30日以内」の期間を「3月以内」に延長した。
2 補正が可能な期間の改正
また,拒絶査定不服審判において明細書等の補正ができる期間は,現行法では「拒絶査定不服審判の請求の日から30日」であった。すなわち,補正を検討するための期間は,拒絶査定謄本送達日から起算すると,最長で60日(30日+30日)であった【図表1】。
今回,拒絶査定不服審判の請求期間が「3月以内」に延長されたことに伴い,審判段階において明細書等の補正ができる期間は,「拒絶査定不服審判の請求と同時」と改められた(同17条の2第1項4号)。したがって,最長で拒絶査定不服審判の日から起算して3月目までに補正を検討し,提出すればよいことになった。
この改正に伴い,分割出願が可能な時期についても改正がなされた。現行制度では,「最初の拒絶査定謄本の送達の30日以内」に,(拒絶査定不服審判を請求することなく)分割出願が可能であったが,拒絶査定不服審判の期間が延長されたことに合わせるため,この「30日以内」の期間が「3月以内」に延長された(同44条1項3号)。
3 審判請求理由補充書について
現行の制度では,「拒絶査定謄本送達の日から30日」以内に提出すべき書類には,書誌的事項,請求の趣旨を記載しておけば良く,具体的な請求理由(新規性・進歩性の拒絶であれば,引用文献との対比説明等)に関しては,「追って補充する」と一言記載しておけば足りた。そして,後日「手続補正書」(俗に「審判請求理由補充書」と呼んでいた)により,この具体的な請求理由を補充すればよかった。
この点,今回の改正で「3月」に請求期間が延びたことにより,このような「追って補充」を認めないことにしてはどうか,という意見も出されたが,結果としては,改正後も「追って補充」は認められることとなった。
4 意匠法,商標法について
なお,特許法の改正に合わせ,意匠法,商標法においても,拒絶査定不服審判,および補正却下決定不服審判の請求期間が,拒絶査定謄本送達の日,および補正却下決定謄本の送達の日から「3月以内」に改められた(改正意匠法46条,47条,改正商標法44条,45条)。
(2)実務上の指針
出願人の多くは,特許査定が得られる可能性だけでなく,出願発明の実施状況等も総合的に判断して,審判請求の有無を決定する。また,審判請求のためには,印紙代・弁理士費用を含め数十万円の費用が必要となるため,判断も慎重にならざるを得ない。社内稟議や上長の承認を必要とする会社も少なくないであろう。
こうした判断・社内手続を行った上で審判を請求するには,現行法の30日という期間はあまりにも短か過ぎた。いきおい,審判の勝算等につき十分な検討もできないまま,駆け込み的に審判請求を行うケースも少なくなかった。
今回の改正は,出願人に審判請求の是非を検討するための十分な時間を与えることとなり,この意味で出願人にとって朗報であるといえよう。
また,明細書等の補正に関しても,上記のように,最長でも拒絶査定謄本送達の日から60日以内に手続補正書を提出する必要があったところ,今回の改正により,最長で拒絶査定謄本送達の日から3月以内に提出すればよいことになった。これにより,出願人は補正を検討するために十分な時間を得ることになった。
審判請求理由の「追って補充」は,改正法下でも認められることとなったので,審判請求理由の提出時期に関しても,現行法に比べ厳しくなることはない。
したがって,今回の拒絶査定不服審判に関する改正は,出願人にとっては利益が大きい一方,特に不利益となることはなく,歓迎すべき改正といえよう。
通常実施権等登録制度の見直し(特許法・実用新案法)
(1)法改正の内容
通常実施権等の登録制度に関しては,大きく次の1,2の改正がなされた。
1 出願段階におけるライセンスに関する制度の創設(特許法)
2 登録原簿への記載事項,開示事項の変更(特許法,実用新案法)
以下,順に説明する。
(2)出願段階でのライセンスに関する制度の創設(特許法)
近年,知的財産権の活用を図る観点から,権利化後の特許権のみならず,出願段階(権利化前)における知的財産権のライセンス活動が積極的に展開されている。特に,大学TLOやベンチャー企業などにおいて,その傾向が顕著である。
しかし,こうした出願段階でのライセンスの取得後,ライセンサーである出願人が破産したり,出願が第三者に譲渡されたりした場合などにおいて,ライセンシーが破産管財人からライセンス契約を解除されたり,または出願の譲受人(転得者)にライセンスを拒否されたりする場合がある【図表2】。こうした場合,ライセンシー側には対抗手段がなく,事業継続が不可能になってしまう。
現行法では,権利化後の特許権に関しては,実施権の内容等を特許庁の特許原簿に登録する登録制度が整備されており,実施権を登録しておけば,上記のような転得者等に対しても対抗が可能であり(転得者対抗要件を備え),事業継続が可能となる。
しかしながら,出願段階での知的財産権のライセンスに関しては,こうした登録制度が整備されておらず,上記のような状況に陥ればライセンシーは事業中止という事態に追い込まれてしまう。この意味で,出願段階でのライセンスに関しては,ライセンシーの保護が十分とは言えない状態であった。
そこで,今回の改正では,出願段階でのライセンスに対し,権利化後の独占実施権の有無に応じて「仮専用実施権」,「仮通常実施権」という名称を与えている(改正特許法34条の2第1項,同34条の3第1項)。
「仮専用実施権」は,権利化後において独占的実施権である「専用実施権」を与える旨の合意に基づく権利である。言うまでもないことであるが,実施権のベースとなる特許権が発生しない段階で独占実施権を与えるという趣旨ではない。
また,「仮通常実施権」は,権利化後において非独占的な実施権である「通常実施権」を与える旨の合意に基づく権利である(以下では,適宜両者をまとめて「仮実施権」と称する)。
要するに仮実施権は,権利化後に権利行使を受けず,出願段階でも発明の実施を許諾することの合意に基づく権利である。このため,仮実施権の設定・許諾後,仮実施権の対象とされた特許出願が権利化された場合には,その仮実施権は,通常の実施権とみなされる(同34条の2第2項,34条の3第2項)。
そして,仮実施権を有する者は,いわゆる補償金請求権に基づく請求を受けることはない(同65条3項)。
最も重要なことは,今回の改正により,このような仮専用実施権および仮通常実施権が,特許原簿への登録対象とされたことである(同27条4項)。仮専用実施権の設定等に関しては,権利化後の専用実施権と同様に,登録をしなければ効力を生じないこととされた(同34条の4第1項)。すなわち,前述の【図表2】のような状況に陥っても,譲受人等の意思にかかわらず事業を継続することができる。
また,仮通常実施権に関しては,やはり権利化後の通常実施権と同様に,登録をすることにより出願の譲受人等に対しても対抗することが可能になる(同34条の5第1項)。
なお,仮実施権を設定した場合,出願の放棄・取り下げ,国内優先権主張出願,出願変更を行う場合に,仮実施権者の承諾が必要となる(同38条の2,41条1項,改正実用新案法10条9項,改正意匠法13条5項)。
また,仮実施権が設定された出願に関し分割出願がなされた場合には,その分割出願に関しても,当該仮実施権の範囲内において仮実施権が設定されたものとみなされる(改正特許法34条の2第5項,同34条の3第5項)。
その他に関しては,権利化後の実施権と略同様であるので,説明を割愛する。
(3)登録原簿への記載事項,開示事項の変更(特許法,実用新案法)
以上説明したように,出願段階でのライセンスに関する登録制度が新たに創設されたが,実は,現存する権利化後の通常実施権等の登録制度も有効利用されているとは言い難い状況にある。
産業構造審議会・知的財産政策部会特許制度小委員会が平成19年11月1日に発行した報告書によれば,現在,通常実施権の総数は10万件と推計されるところ,そのうち特許原簿に登録されているものはわずか1,315件であり,全体の1%程度に過ぎない。その意味において,権利化後の通常実施権においても,その多くに事業継続が不可能になるというリスクが存在しているのである。
知的財産権の活用が盛んになり,通常実施権の保護の必要性が高まっている中,このように登録制度の利用率が低いのはなぜであろうか。上記の報告書では,登録制度が利用されない理由として,手続が煩雑である,費用が高額である,ということの他,ライセンスの存在,内容を知られたくない,等があげられている。
現行の制度では,通常実施権の登録の際特許原簿に記載される事項は,以下の通りである。
1 特許権者等の住所・氏名等
2 通常実施権者の住所・氏名等,通常実施権の範囲
3 対価の額および支払方法
これらのうち,3に関しては,企業の営業秘密に関わるものとも考えられ,開示を避けたいという要請は強い。また,その時々の経済状況に応じて適宜見直すべき事項であり,見直しのたびに登録記載事項の変更をするのでは煩雑に過ぎる。
また,2も,競業他社に開発の動向を知られてしまう等の不利益があり,開示したくない
という要請が強い。
そこで,今回の改正では,3に関しては,通常実施権の登録時における記載事項から除外した。すなわち,対価の額等については,ライセンサーとライセンシーの間で秘密にしておくことが可能になった。
また,2に関しては,記載事項とはするものの,その開示は一定の利害関係人に限られ,一般には非公開とされた(改正特許法186条3項)。ここで,一定の利害関係人とは,特許権者等,および通常実施権者,対象特許権または専用実施権の取得者,質権者,差押債権者,仮差押え債権者,これらの者の財産管理処分権者(破産管財人)である。したがって,競業他社等が通常知りうるのは1のみということになる。
上記の改正は,権利化後の通常実施権だけでなく,仮通常実施権に関しても適用される。
なお,専用実施権は独占排他性を有する強力な権利であり,第三者に与える影響が大きいことから,その登録記載事項は,現状の通り,改正後もすべて一般に開示する。
(4)実務上の指針
以上のように,通常実施権の登録時における記載事項が現行法に比べ限定され,また,登録記載事項の一部は,一定の利害関係人にのみ開示されることとなった。
これにより,通常実施権の登録を受けることによるデメリットは大幅に少なくなったものと思われる。ほとんどの場合,転得者対抗要件を得られるというメリットの方が,デメリットに比べ遥かに大きいであろう。この転得者対抗要件が得られるということは,ライセンサーがベンチャー企業等である場合はもちろんだが,M&Aの盛んな昨今では,ライセンサーが大企業の場合であっても大きなメリットとなると思われる。
改正法施行後は,リスクマネジメントの観点から,通常実施権の特許原簿への登録を,現行法下よりも積極的に検討すべきであろう。仮実施権の登録に関しても,同様にデメリットよりもメリットが大きいと思われ,登録制度を積極的に利用することを検討すべきであろう。